これまで、カンボジア・バッタンバンの水田を見る範囲では、水田の中の生態系は安定し、日本では害虫と呼ばれる虫がいても、カンボジアの水田においては天敵が多数いるために害虫と呼べるだけの被害を与えないと見られてきた。しかし、それは晩生の在来種を使った稲作りの話で、IRRI米(時にハイブリッド)を使った乾季米・二期作・三期作を行っている水田では、ウンカ(雲霞)・カメ虫等の被害が出ており、ここ数年で状況は悪化の一途をたどっている。“るしな”では例年行っている宇根豊さんを招いての農業研修を本年より水田生態系調査として位置づけ、今後、カンボジア南部を中心に調査及びキャンペーンを実施することとした。
以下は今回の調査を振り返っての宇根さんの談話を再構成したものです。
<カンボジアの稲作は危険な稲作になりつつある!>
今回、とても印象的だったことは、地域によって稲の出来がかなり違うことですね。スヴァイリエンとタケオでは全然違う。田んぼの一枚一枚、田植時期、品種、水の深さから、何からみんな違います。全般に生き物はこっちの方が生きやすいでしょうね。昔と比べて何がどう変わったか、気懸かりです。ここ数年、カメ虫が増えてきた。昔はカメ虫が出なかったといいますね。それは化学肥料を使わず、稲も貧弱で、カメ虫の餌もとぎれたのでは・・・。今はそれがとぎれない。稲に穂がついていない時は、イネ科雑草のヒエにカメ虫はついています。 化学肥料を使い、ヒエの生育もよくなっています。イネの穂が出ると、カメ虫は喜んで移行していきます。こういった点をみないと、日本式の過ちを繰り返すことになる。害虫が増える原因をつかむこと。特に地元の人が害虫発生の原因をつかめば、智恵は出てくるものです。カメ虫がどこから、いつ頃、何時頃、飛んでくるか? なにも1日中田んぼで見張ってる必要はないが、何よりも観察が大事。毎日、田んぼに出てれば観察できます。カンボジアの稲作は危険な稲作になりつつある。新しい視点を持たないと害虫に対応できなくなる。伝統を無視した農業を持ってきても対処療法となるだけです。
<カンボジアに最初に来た時の印象>
カンボジアに最初に来た時の印象は土地が痩せていて、収量が低いのが印象に残っています。どうすればいいか、考えましたが、化学肥料をやるより堆肥をやる方がいいとは思いました。でも、簡単には堆肥もできない。材料が無かった。
<成果が絵に描いたように出ている!!!>
今回の調査で一番びっくりしたことは、自分の力で困難を克服して、堆肥が田んぼにやられていたこと。そこまで来るのに時間がかかっのでしょう。そして、その効果が絵に描いたようにでていること。みんなが熱心にとりくみ、水管理も稲作りも頑張った成果だと思う。
タケオで見た試験田はIRRI(国際稲研究所)の試験田より手入れがよかった。生育ムラも少なかった。ある面でIRRI試験より高いレベルの作業になってました。こういった試験作業をするときには、動機や目的が大切で、“るしな”の活動では、実際に田んぼを管理する人自身が、試験で確かめたいと思っている。人に言われてやるのと試験のやり方が全く違う。自分たちで考え、設計して、自分たちでやることが何より大切で、この強みがこれまで生かされてきている。一方、役人のする試験は下へ下へと下ろしていく。カンボジアでもしくみは同じだ。
<村人自身の試験と共有−NGOの役割>
オールターナティブなやり方は、村人自身がやる試験に表れる。これまでは百姓が一人ひとりの中でやられてきた試験を、今度はみんなの話し合いで進めていく。これが新しい運動につながるものだ。NGOの役割もそこにある。こういった活動の最終目標は「一人ひとりの百姓が自分なりの工夫をすること」にある。比較区をもうけてすることも重要だ。これは実は日本でも出来ていない。でも、頑張っているところは頑張っている。日本の有機農業の技術にしても、ほとんどが個人やグループから生まれている。これはとても頼もしい流れに沿っている。役所は近代化技術を開発し勧めてきたが、土着技術に関しては、民間で支えてきた。その結果、役所の発想は枯渇し、現状に対応できていない。
<活動の落とし穴?>
当然、活動の効果がでない場合も出てくる。その時にどう考えるかが重要だ。うまくいっているときは、まとめ方は簡単。でも、うまくいかないときのまとめ方が難しい。例えば、堆肥を使っても稲の生育が悪い、病害虫がでる等々・・・。何が悪いかを見つけだす能力が大切で、毎日の観察が重要。毎日観察しておれば、見当がつくものだ。百姓は土のこと、水のこと、稲のこと、虫・病気のこと、天候のこと、品種のことも、常に頭に入れていないといけない。総合的で難しくて、でも創造的なな仕事だ。
今回、虫見板で田んぼの調査を、百姓と一緒にやったとき、ある百姓が「今日、初めて虫のことを考えて、見るようになった」と言っていた。運動によって、見方が一気に開けてくるようになる。見えなかった世界が開けてくる。これが運動の効果だ。「自分の宝物が一番自分ではわからない」し、「自分の田んぼのことも、半分もわからないままに死んでいく」百姓も多い。
<近代化技術は「宝物」を発見させない技術!>
近代化技術はそんな宝物を発見させない技術だ。宝物は概念ではなく、もっと具体的なもので、しかも、意外と失ったときに初めてわかるものだ。僕が農業改良普及員になったとき、百姓から田んぼの水路でとったドジョウ・フナをいつもごちそうになったものだ。今はそれがしたくてもできない。圃場整備のためにドジョウもフナもいなくなってしまった・・・。僕自身わからなかった。もし、わかっていたら圃場整備に対して 別のアドヴァイスをしていただろう。カンボジアも日本の田んぼが失ったものを、同じように失うとしたら近代化は罪深いものになる。
<カンボジア5〜6年の変化の中で>
近代化は進んでいる。車・バイク・バッテリー・テレビ・トラクターがどんどん入っている。でも、生活自身は急激には近代化していない。これは賢いことだ。8割は昔のし方でやっている。料理の仕方も変わっていない。急速に近代化できる部分は、人間にとってたいしたことのない部分で、近代化できない部分こそが、人間にとって一番大切なところだ。日本の場合、近代化を、近代化されない部分(農業の場合、百姓の土着技術)が支えたことを忘れてしまっている。そして、近代化を支えた部分をも、とうとう失いかけている。近代化しなくて済んだ部分も、とうとう近代化しようとしている。
カンボジアの場合、ゆっくり考える時間がある。6年前に最初に来たときは、うわーっ、カンボジア社会はどうなるのか、心配だったが、今はそうでもないと思う。農薬に関しては“やばい”けれど、牛がトラクターに変わる近代化は、簡単には行かない。農薬のような近代化技術は、今までの技術と切れてしまう。先進国の日本でも、未だに農薬を使いこなすのは至難の業だ。農薬の環境に与える影響(環境ホルモンとか)は続き、農薬中毒もなくなってはいない。
カンボジアで農薬を全く使わない対抗技術が出来ていないことが気懸かりだ。IRRIの農薬使用に関する統計データを見ると、その増加に愕然とする。日本でも農薬を使わない技術は形成途上だが、カンボジアでも農薬に頼らない技術・運動を強くしていかないといけない。カンボジアで、それができると思う。今回、回ってみて、それができるような気がしてきた。今まで(何回かの訪問を繰り返したが・・・)どうなるかな?と思っていた。
<カンボジアの農家は開放的だ>
カンボジアの農家は開放的で、NGOも動きやすい。日本では百姓と本当に仲良くなるのに、2〜3年かかる。カンボジアでは何でもオープンに受け入れる。解放的でNGOも役人も活動しやすいだろう。ここで農業普及員をやってたら、おもしろかろうと思う。カンボジアの暮らしぶりはゆったりしている。子どもや若者が昼間もいっぱいいる。日本は留守の家が多い。カンボジアはどこに行っても、田んぼの中で働いているし、子どもが遊んでいる。日本が失ってしまった情景だ。日本ではもっと自分の時間を取り戻す運動が必要だと思う。また、改めて自分を確認するためにカンボジアに来ざるを得ない。自分自身、現在、福岡県庁に勤めているが、来春退職して、ゆったり百姓をやって暮らしていこうと考えるようになったのも、カンボジアの影響がある。でも、日本でカンボジアと全く同じやり方はできないが・・・・・。ぼくも10年前から兼業で百姓をやっている。村に基盤があると、人は強くなれる。
<“るしな”農業ヴォランティアについて>
よく育ってるなぁ・・・。時間・チャンス・そして、何回も経験を積めば積むほど、自分なりのものが深まっていく。自分の中に「これを伝えてやろう」という中身が深まってきている。タケオの農業ボランティアはいきいきしている。今回の場合、手応えを感じた。不特定多数へのセミナーよりこういった方法が本当は効果がある。完成技術を伝えるのではなく、村の技術を創っていくことが大切だ。商売人・企業では情報をタダでやらないが、百姓は技術をオープンにしていく。これは近代化精神に侵されていないからだ。百姓は情報を自由にやりとりできる。“るしな”もその情報交流を担っている。
<“るしな”AIGスタッフについて>
前よりずっと積極的になったし、教えたことをちゃんと覚えている。今までは過小評価していたようだ。彼らが他の村に出かけていって教えていることの影響も大きい。今の感じだと、もっと伸びるでしょう。おもしろみがやっとわかって来たと思う。今からどれだけ伸びるか?飛躍的に伸びるかな。
<マネージャーのチェ・ナァについて>
いよいようまくなってきたなぁ。村人への呼びかけとか、聞き取りの仕方が格段にうまくなっている。ヴォランティアに宿題も出してるし、人を育てる、人を動かすコツがわかってきたのだろう。知識を教えるだけでなく、もっと大事なことがなにかをつかんだのだろう。もともと威張るタイプでないから、このまま行けばいい指導者になると思う。ただ、もっと訊くべきだ。もっとどん欲になればいいと思う。
<今後の課題は?>
村の人が課題を認識したとたん、課題の半分は達成したと言える。やっと課題が認識されてきた、そんな感じがした。プロジェクトも半分位来たと思う。堆肥の試験についても、結果ではなく、試験をやってみようという取り組みが始まったこと自体が、大きな展開・飛躍だと思う。他の村でもここまでのレベルに来ることが大切だが、簡単ではない。プロジェクトの課題に関しては、農薬・土・品種・化学肥料とこれからが大変だ。でも、村人がその気になればなんとかなる! 「農薬はやばいぞ!」に村人の気持ちがなれば、なんとかなるものだ。
<“るしな”に期待する!>
“るしな”は農業・漁業・保健等々、村全体に関わろうとしている。そういうプロジェクトは珍しいんでないか、と思う。ここ数年の間に、それなりに軌道に乗せていて偉いと思う。役所も見習わないといけない。カンボジアにも役所はある。(終)